富田俊明の日記
by izuminohanashi
@ kanazawa
昼食は、まえから気になっていた不室屋カフェで。
ちょっと早いので、誰もいない。
豆と麩のカレーが来た :-)
市松になった麩がいい感じ。
生麩が、好きなんだよねー。d0142121_0481044.jpg
全部かけたとこ。
パプリカとベビーコーンとニンジンが、軽くピクルスになっていて、
酸味がよく合っていた。
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でもカレーそのものは、日本風のカレーだ。
生麩と合っているかは、正直微妙。
次はもっと和風なものにしよう。
内装もシンプルだし、カウンター奥の壁に設えた棚の苔の鉢も、
店員さんの笑顔も、ホッとする感じでよかった。

何気なく寄った観光案内所の、こんなポスターが目に留まった。
こういう食のイメージは、好きである。
コピーも飾りすぎず、よろしい。
食をとおして、山をいただく、というようなのは、ぼくにも実感がある。
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デザイン学校KIDI PARSONSのcritiqueの方はというと・・・。
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午前中の授業で、地元の造り酒屋に取材に行った折に、
どんだけ試飲してきたんだか、いつもと違うヴァイブになっている学生も。
作品の完成度は、かなり差が出ているな。
でも、たった一年で、ぼくが2年かけてやってきたような内容をやっていることを思うと、
みんなそれぞれによくやっているよ。
その分、一つ一つの課題の、みっしり詰まった密度を自覚してほしいんだけどね。
KIDI PARSONSは、アメリカ式のデザイン教育を取り入れていて、
ぼくが担当しているのは、基礎ドローイングなのだけど、
やっぱり日本と違って、すごく理論的・実際的・実践的。
後期の前半は、ライン(線)だけを使って、形態を正確に客観的に描く。
ぼくには、なぜか違和感なく、楽しんで教えることができている。
見ているようで見ていない物事を正確に観察することと、ドローイングとして表現することには、
たぶん描く力を伸ばす以上の、もっと深い意味がある。
Vipassanaの瞑想ではないけれど、すべてに先行して観察があるということは、
とても興味深いことだ。

このところ、自分がデッサンを習うために通った横浜の予備校でのことを思い出したりする。
あれは、思えば15歳から17歳まで。
生徒の力を伸ばすため、イーゼルやモチーフの配置、そして生徒の動きまで計算されていたことに、今更ながら気づいたりして、先生たちの深い配慮に驚いたりする。
そんな中で、知らず知らずの内に、上手な先輩たちの描き方を目に留め、
ものの見方や描き方を自然に吸収していた部分も少なくない気がする。
ああ、なんか、懐かしいな。あの先輩、どうしているのかな。
先生たちは、元気かな。今も、同じようにあの場所で描いている子たちがいるのかな。

今、このデザイン・スクールでの授業に対応できているのも、
あの頃、デザイン科の生徒に交じって描いていたせいなのかな。
油絵科なんかと違って、バケツとかは、バケツらしいハリとか素材感とか、
とにかく、「そのものらしさ」ってことをよく言ってたな。
だから、ブリキのバケツとかコカコーラの壜とか、
誰もが目にする当たり前のものをよく描かされたなー。
「そのものらしさ」って、思えばすごいコトバだよな。
理屈じゃないもんね。そう感じる、ってことの、どこまで精度を上げられるか。
そういうある種総合的なもんだもんね。言い訳は通用しないもんね。

こうやって、いつのまにか頂いて来たものを、再確認できるってのは、いいな。
今、対している学生には、こうすればこうなる式のものではなくて、
工夫したり、気がついたり、そこにあるそのものを見つめることとか・・・、
そういうことに夢中になる面白さを伝えられたらいいな。
そういえば、今回は、学生自身にcritiqueさせていく中で、
独特なものの見方をしている子がいたな。
あと2か月、この子たちと、もっともっと集注して、いい時間を過ごせるように、
ぼくもできることを精一杯やっていこう。
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by izuminohanashi | 2008-11-05 23:03 | dairy
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