富田俊明の日記
by izuminohanashi
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it is self-creating
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先日,知り合いになった堀田さんから,John Hollowayの2004年のスピーチ
(ヴィデオからの採録ですね,繰り返しの表現やリズムが特徴的です)
のリンクが送られてきました。
Zapatistaの活動について語ったものです。
朝ご飯の庄内柿を齧りながら,面白く読みました。

こういうものを読むと,変革は上から下へではなく,常に下から上へ,
周縁から中心へむかって行われるのだと感じさせられます。
これは,同じ土俵で力の差を競うのではなく,新しいルールを生み出す創造力の戦いです。
ここでは「時間」の使い方を例に,旧い世界と新しい世界のコンセプトの違いを説明していますが,
新しい世界の見方,解釈の仕方こそが新しい世界の変革のはじまりであって,
勝負の結果が出る以前に,それは始まっているのだと思いました。

そして,その「新しい」ものは,単に真新しいとかこれまでになかったというような新奇なものではなく,常に,確かにそうだった,なぜそれを忘れていたんだろうと思わず首を傾げるようなもの。

例えばそれは,文末にあるような「資本主義」に関すること。
それは18世紀や19世紀に作られたから今日存在するのではなく,今日私たちがそれを作ったから存在するのだということ。もし私たちみんなが,明日,一日中ベッドで過ごすことに決めれば,明日にはそれはもう存在しないものであること。私たちが作るのをやめれば,それは消えてなくなる。
Capitalism exists not because we created it in the 19th century or in the 18th century or whenever. Capitalism exists today only because we created it today. If we don't create it tomorrow, then it won't exist. It appears to have an independent duration, but in fact that is not true. In fact capital depends from one day to the next on our creation of capital. If tomorrow we all stay in bed, then capitalism will cease to exist. If we don't go and create it then it won't exist any more. If we begin to think of capitalism in terms of how we stop creating it, if we think about the question of revolution in terms of how we stop creating it, then this doesn't solve the problems. It doesn't mean that capitalism will actually disappear tomorrow - or who knows, but perhaps it won't disappear tomorrow. But if we think of revolution in terms of how to stop creating capitalism, then somehow we dissolve the image of capitalism as this huge monster that is opposed to us. And we can begin to open up possibilities, a new hope and a new way of thinking about revolution, a new way of thinking about transforming society.

「資本主義」は私たちに立ちはだかるモンスターではなく,今日の私たちの創造物だということ。
だから革命の方法は,私たちの「する力」をどのように用いるのかにかかっている。
And we can begin to open up possibilities, a new hope and a new way of thinking about revolution, a new way of thinking about transforming society.

最近は,youtubeで音楽を聴くのにも飽きて,トークとかインタヴュー,スピーチを聴いたりしています。Toni Morrisonの朗読は独特のリズムがあって美しい。
英語ってこういう言葉だったんだなあと認識を変えました。
the site of memoryはレクチャーだったはずだけれど,動画は見つからず。
どんな声で語ったのか聴きたかったけど,文字になったものは発見。
http://books.google.co.jp/books?id=9KXXiU9jJukC&pg=PA299&lpg=PA299&dq=the+site+of+memory++toni+morrison+out+there&source=bl&ots=Ej8ki-FInc&sig=MXOAN1wOhOYjQKN1Z03tzNhrI3U&hl=ja&ei=ePHRToPJK6fnmAXO2MWhDQ&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=1&ved=0CB0Q6AEwAA#v=onepage&q&f=false

Steve JobsのStay Hungry. Stay Foolishのスピーチ,5年ぐらい前にビデオで見たけれど,
最近,改めて聴き直しました。
彼は高校中退していたんですね。自分自身の人生から3つのエピソードを語っています。
若い頃ハレークリシュナで毎週タダで食べていたという話には親近感を憶えました!
点がどうやってつながって線になって行くかというイメージで語っているのが面白いです。
すごくいいなと思ったのは,
過去を振り返ったときに初めて,点がつながって線に見えること,
過去の出来事の意味やつながりは,今日の自分にしか見えないこと。
今の自分の状況や決断が,将来どういう意味を持つかは分からない。
重要なのは,自分が愛することができることをやる。
そのようなことが見つかるまで決してあきらめないこと。
stanford universityが動画をアップしていました。
http://www.youtube.com/watch?v=UF8uR6Z6KLc

これらのスピーチには,共通していることがありました。
全ては「今」のことであり「私」のことなのだ,と言うことです。

John Hollowayはこんな風に締めくくっています。
先日,美術家の若江漢字さんがレクチャーで「社会彫刻」のことを話していましたが,
完全にオーバーラップしています。

An ideal society would be self-creating. If it is self-creating, if it is self-determining, then in a sense it doesn't make sense to project an ideal organization, because the ideal organization would be created by the society itself. And the self-creating society might decide one day to live a different society from the society it lived yesterday.
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by izuminohanashi | 2011-11-29 16:31 | dairy
little sandy
先週,Iさんに誘われて,海岸に漂着物を見に行った。
漂着物より,海岸線の美しさに目を奪われてしまった。
特に,U字に抉られた崖の懐に入ると,急に波の音が静かに,遠くなって,
自分だけが世界から遊離しているような,特別な気分になる。
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いけす用のブイが漂着していた。
このような形のものは,北海道では使われていないという。


ところで!
excite,また使いにくくなったよね。
画像のアップロードも順序が逆さまになっているし,
ログインや投稿が上の方に行っちゃってる。
もとに戻してくんないかな。
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by izuminohanashi | 2011-11-16 14:45 | dairy
screw the school!
学生が作品のアドヴァイスをと言うので、いろいろと相談に乗ったのだが、
大分しばらくして、できたので見てくださいと言ってきた。
見てみると、最低だった。

何が最低って、見本として提示した、そこら辺にたまたまあったものをそのまま流用している。
あくまで、自分で材料を買って、ふさわしい形と強度を持ったものを作るように言ったのに。
お金をかけず、頭を使わず、感性にモノを言わせず、人のアイディアをちゃっかり自分のものにして、
「まあ、こんなもんで」
という態度丸出し。

人を喰っているというか、馬鹿にしているというか、非常に腹が立ってきた。
学生自身に実力がない、それは今まで、何もしてこなかったから。
自分の責任である。
その実力のなさを、手っ取り早く、近くにいるアーティストから盗ってしまおうという安易さ。
教員と学生という立場だから許されるのか? 甘ったれるのもいい加減にしてほしい。

自分の提示したい作品に、たとえ附属品でも、作品を美しく見せるプロポーションというモノがある。
そこに感性を使い、頭を使い、必要ならお金も使う。
使わなければ、それは全く育たない。
お金だって、有効に使うからこそ、回って戻ってきてくれるのだ。
才能は、使えば使うほど磨かれ、育って、増えていくものだ。

でも、力を使っていくとそれなりに疲れる。
だから、そこら辺にある、手に届く範囲のものであり合わせ、
「まあ、こんなもんで」という。
そういう、横着な態度に、とても腹が立った。

こんな適当な作品を作っておきながら、外部から子どもたちを呼んで、
ギャラリートークをするとか言っている。
「こんなもんで」の作品に、どんな言葉を足すと言うのか。

来週は、学生たちは展示をやるとかで、搬入時に作品設置のアドバイスを頼まれた。
一度はOKしたが、たった今、手伝わないことに決めた。
突き放す方が、お互いにいいこともある。
今が、その時だと思う。
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by izuminohanashi | 2011-11-16 01:53 | dairy
save me (if you could)
搬入+展示,そしてオープニングでは,5年ぶり,10年ぶりの顔に再会したり,
名前や作品だけ知っていた人たちに会って,とても厚みのある時間を過ごしました。
水野くんの「ブリの切り身」の話,とっても心にしみたんだなあ。

また,同級生と,お世話になっている方達と,
青山を見下ろすファッションビルの「隠れ家的」飲みやさんで,再会を祝しました。
フランスから帰国したばかりの永島さんが,学生時代の落書きを見つけたと言って,
持って来てくれましたが,あんなに爆笑したのは本当に久しぶりでした・・・


はしゃぎすぎたつもりはないけど,なんだか風邪を引いてしまい,
釧路の仮寓で,今日まで安静にしていました。

今夕は,エゾシカパーティーに行ってきます。
どうなることやら〜〜〜
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by izuminohanashi | 2011-11-06 15:03 | dairy


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